青山学院大学 総合研究所
            AOYAMA GAKUIN UNIVERSITY RESEARCH INSTITUTE

判例研究ICJ チャゴス事件:慣習国際法の認定における国連総会決議の規範的価値とは何か

2019年度 SDGs関連研究補助制度 採択課題

研究者:阿部 達也

慣習国際法の認定における国連総会決議の規範的価値とは何か。本研究は、国際司法裁判所(ICJ)が慣習国際法の存在を認定する場面において、国連総会決議―それ自体としては勧告にすぎず法的拘束力を持たない―にどのような規範的価値を見出しているか、そしてその規範的価値をどのような要素に基づいて評価しているかについて、従来の学説および判例における定式化の展開を踏まえた上で、定式が具体的に適用された判例として2019年チャゴス事件勧告的意見を取り上げてICJの判断を分析したものである。

まず、従来の学説および判例における定式化の展開として、1986年ニカラグア事件判決以前、同判決とその後の展開、1996年核兵器使用合法性事件勧告的意見とその後の展開、2018年の国連国際法委員会(ILC)の作業の4段階に分けて考察を行った。第1に、慣習国際法の存在を認定する場面において国連総会決議の規範的価値は学説上広く認められており、慣習国際法それ自体または法的信念(opinio juris)―慣習国際法の成立要件の1つ―の証拠として捉える立場が多数を占めている。この点についてICJは、核兵器使用合法性事件勧告的意見において「総会決議は、一定の状況に置いて、規則の存在または法的信念(opinio juris)の存在を確立するために重要な証拠を提供する」という一般的な定式を示した。第2に、国連総会決議の規範的価値を評価する際の要素についても学説上の理解は概ね収斂しており、決議の文言と採択の状況を挙げる論者が多い。この点に関してもICJは、核兵器使用合法性事件勧告的意見において「決議の内容、採択の条件、法的信念(opinio juris)の有無、一連の決議」という4つの要素を明らかにした。そして、ILCは2018年に採択した「慣習国際法の同定に関する結論」の中で、慣習国際法のもう1つの成立要件である一般慣行の存在が必要であるとの見解を示した。

次に、チャゴス事件勧告的意見を取り上げて、ICJが国連総会決議1514の規範的価値を認めて慣習国際法を宣言したものであると結論づけた論理構成を分析した。興味深いのは、勧告的意見手続の参加者―モーリシャスその他の諸国(アフリカ連合を含む)と英米―の間で、当該決議の慣習法的性格について見解の対立が見られたことである。裁判手続参加者の間で慣習国際法の存在について意見が一致しない場合、それにもかかわらずICJがその存在を認定したことはこれまでにほとんど例がない。ICJは、自らの判例において示した国連総会決議の規範的価値に関する一般的定式と評価要素を再確認した上で、決議の内容および採択の条件に照らし、さらに一般慣行の存在も示唆しつつ、国連総会決議1514に盛り込まれた自決権が慣習国際法であることを認定した。他方で、同決議第6項に規定された領土保全に関する権利については、自決権からの「推論」に基づいて慣習国際法であると結論づけた。「推論」への依拠の背景には、一般慣行の存在を必ずしも肯定できない反証例の存在があったものと考えられる。ICJはこれまでに「推論」のような演繹的アプローチに依拠した例はあるものの、従来から帰納的なアプローチとしての2要件論を維持していることから、チャゴス事件勧告的意見における「推論」は例外として捉えるべきであろう。

以上の研究成果は、2019年9月のInternational Law Association (ILA) Braga Conferenceにおける報告をベースにした英語論文としてまとめ、出版物への掲載に向けて準備を進めている。